東京高等裁判所 昭和25年(ネ)503号 判決
訴訟費用は第一、二審を通じて八分し、その七を控訴人その一を被控訴人の負担とする。
本判決は、被控訴人において金四万円の担保を供するときは、被控訴人勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は原判決事実摘示と同一であるから、ここに引用する。
被控訴代理人において下記のように述べた。控訴人主張の左記の事実中訴外松本惣太郎より被控訴人が第三世輝丸の注文を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。被控訴人は控訴人との契約により豊進丸の製造のために、(一)、杉と欅の木材を合計金三十二万円、(二)、釘とボートを合計金二万円を夫々買つた外、(三)、原図型板製作費に金五万円、(四)、竜骨据付までの工費として金六万円を支出して、総計金四十五万円を支出したのであるが、控訴人が所約の代金を支払わないので工事を中止したため、本件契約が解除された昭和二十五年三月一日当時の未完成の豊進丸の時価は金五万円に過ぎない。故に、被控訴人が控訴人の債務不履行によつて被つた損害は、その差額である金四十万円より、被控訴人が控訴人より受領した金十万円を差引いた金三十万円である。
控訴代理人は下記のように述べた。海運業者である松本惣太郎は昭和二十四年二月二十五日被控訴人に対し、木造貨物機帆船第三世輝丸積屯百三十屯一隻を代金百五十六万円で注文していたところ、被控訴人よりその製造中に材料が相当残るので今一隻の注文者を世話してくれと頼まれ、松本惣太郎は親戚である控訴人とその兄の訴外金指武平の両名を紹介し、両名が注文することとなつたが、金融の都合で取止めることになり、松本惣太郎よりその旨を被控訴人に伝えた。被控訴人はすでに海運局から造船許可をとつたのだから取止めにされては困る、万一注文者が金融の都合で引取れないときは、被控訴人において船を処分するから、海運局に対する関係上注文人になつてくれと懇願されたので、松本惣太郎はやむをえずその長男の松本寿郎と控訴人の両名を注文者とすることとした。右両名は被控訴人と金融がつかないときには何時でも注文を取消すことができることを確約した上、被控訴人の申出によりとりあえず控訴人より金十万円を被控訴人に交付したが、第一回の支払金と右金十万円との差額である金四十五万円を支払つたときに造船契約が正式に成立することを約した。故に、被控訴人との豊進丸に関する契約は未だ予約の段階に止まり、その注文者も控訴人一人ではなく、松本寿郎との二名であつたのである。その後控訴人と松本寿郎父子も共に金融がつかなかつたので、昭和二十四年八月初頃松本惣太郎は両名の代理人として被控訴人に対し上記特約によつて、豊進丸の造船契約の予約を取消すと共に、造船界の慣例によれば第一回の支払金を完全に受領しない内は、造船工事に着手して進行せしめるようなことはないし、又現に被控訴人は豊進丸の工事に着手していなかつたので、被控訴人に交付してあつた十万円は、松本惣太郎の注文した第三世輝丸の代金に充てることを申出でたところ、被控訴人はこれを承諾した。以上のような関係なのだから、被控訴人の催告と契約解除の意思表示はその効力を生じないし、亦被控訴人には何の損害もなく、被控訴人の本訴請求は失当である。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人がその主張のように木造船の製造を業とするものであることは、控訴人の明に争わないところである。
被控訴人は、控訴人より昭和二十四年六月六日、木造船豊進丸一隻(総屯数六五屯)の製造の注文を受け、被控訴人はこれを請負つて契約をなしたと主張し、控訴人は注文者は控訴人と松本寿郎の二名で、その契約も予約の程度で、右両名が金融の都合がつかないときにはいつでも解約のできる旨の特約付のものであつたと主張しているから、次に判断する。被控訴会社代表者本人訊問の結果(第二回)と当審においての証人藤代秀雄の証言(第二回)によりその成立を認めることのできる甲第一号証、(成立に関する当審においての証人松本寿郎の証言は上記の証拠に照し合わせて信用できない)当審においての被控訴会社の代表者本人訊問の結果(第二回)によりその成立を認め得る甲第二号証と、当審においての証人松本惣太郎の証言(第二回)によりその成立を認め得る乙第一号証及び当審においての証人藤代秀雄(第二回)、同金指武平、同松本惣太郎(第二回)、同松本寿郎(右松本両名の証言中後掲の信用しない部分を除く)の各証言、並びに当審においての被控訴会社代表者(第二回)と控訴人本人(第二回)の各本人訊問の結果(共に後記の信用しない部分を除く)を合せ考えると、下記の事実を認めることができる。松本惣太郎の注文によつて木造船第三世輝丸の造船をしていた被控訴人は、松本惣太郎に対し木造船の注文者の紹介を依頼したので、同人は控訴人とその兄の金指武平を紹介したが、金指武平は金融の都合がつかなかつたので同人等と松本惣太郎等は協議の上、控訴人と松本惣太郎の子供の松本寿郎の両名が共同で出資することとして、昭和二十四年六月六日被控訴人に対する関係では、控訴人が注文者、松本寿郎が連帯保証人として被控訴人に対し、木造貨物船豊進丸積屯数百三十屯の造船を、代金合計百七十万円、代金支払方法は、第一回に金六十万円、第二回竜骨据付のとき金六十万円、第三回進水式当日金五十万円とし、第一回の金六十万円は契約当日に内金十万円、残金五十万円は二十四年六月十一日に支払うこと、起工式は同年七月末日、進水式は同年十二月初旬の頃との約束で注文した。従つて右契約は控訴人主張のように単に予約に止まつたものではなく、又右契約には控訴人が金融ができないときには、いつでも契約を解除し得るような特約が存在しなかつた。右認定に反する当審においての証人松本寿郎、中野繁晴、松本惣太郎(第二回)の各証言と被控訴会社の代表者と控訴本人の各訊問の結果(各第二回)は、いずれも上掲各証拠に照し合わせて信用できないし、外に上記諸認定を動かして控訴人主張の事実を認め得るようななんの証拠もない。
控訴人が昭和二十四年六月六日上記契約に基ずいて被控訴人に金十万円を支払つたことは当事者間に争がない。
控訴人は、上記認定の造船契約を金融の都合でいつでも解約し得るとの特約によつて、控訴人は昭和二十四年八月に右契約を解除し、被控訴人もそれを承認して、右認定の十万円を松本惣太郎との造船契約の代金に充当することに承諾したと主張しているけれども、右造船契約には控訴人主張のような解除に関する特約の存在しなかつたことは、既に前段において認定したとおりであり、又右造船契約の解約の申入れを被控訴人が承諾したことを認めることのできる証拠はなにもないから、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。
当審においての証人藤代秀雄の証言(第二回)と当審においての被控訴会社代表者の本人訊問の結果(第二回)によれば、被控訴人は上記造船契約によつて、昭和二十四年十二月十三日に豊進丸の起工式を行い、翌二十五年二月中旬迄には竜骨を据付けたことを認めることができ、外に右認定を動かすことのできる証拠はない。そうであるから、控訴人は被控訴人に対し、約定の代金の内金百十万円については、おそくとも同年二月中旬には支払わなければならなかつたのである。成立について争のない甲第三号証の一、二、並びに当審においての証人立川秀夫の証言によりその成立を認め得る甲第四号証、及び当審においての証人石田新吉と同立川秀夫の各証言と、当審においての被控訴会社代表者の本人訊問の結果(第一回)によれば、被控訴人が昭和二十五年二月二十一日、控訴人がその当時乗船していた三号豊愛丸に所属していて、その所属の船の船員の郵便物の受領場所となつていた横浜市中区石川町一丁目一番地の横浜機帆船商業協同組合方として控訴人にあてて、内容証明郵便で、代金の内金百十万円を書面到達の日から七日内に支払われたく、右期間内に支払わないときは、上記造船契約を解除すると通知し、右内容証明郵便が翌二十二日に到達したことを認めることができる。当審においての控訴人本人訊問の結果(第一回)中、昭和二十四年一月に控訴人の連絡先を東京都中央区湊町一丁目十六番地の松本惣太郎方とする旨を被控訴人に通知したとの点は、たやすく信用することができない。当審においての証人松本惣太郎の証言(第一回)と当審においての被控訴本人訊問の結果(第一回)によれば、控訴人が右書面を実際に受領したのは上記の催告期間の経過した後であつたことを窺知し得るようだが、それも、その当時控訴人が東京都下の砂町方面で働いていたが、その旨を上記組合に通知していなかつたためによるものなることを、当審においての証人立川秀夫の証言と当審においての控訴人本人訊問の結果(第一回)により認めることができる。そうであるから、被控訴人は上記内容証明郵便をその到達とともに控訴人が受領し得る状態においたのであるから、上記の催告と契約解除の意思表示は適法なものであると認めるのが相当である。控訴人が上記の催告期間内に金百十万円を支払つたことについては、控訴人において主張、立証しないところであるから、上記造船契約は相当な催告期間の満了した昭和二十五年三月一日の経過と共に、解除されたものといわなければならない。
次に進んで、控訴人の上記認定の債務不履行によつて被つた損害額について判断する。当審においての証人藤代秀雄の証言(第二回)と当審においての被控訴会社代表者の訊問の結果(第二回-ただし後記の信用しない部分を除く)及び当審においての鑑定人鈴木春夫の鑑定の結果によれば、被控訴人が上記豊進丸の造船について支出した費用は総計金四十一万円で、上記造船契約が解除された昭和二十五年三月一日当時の未完成の豊進丸の時価は金七万円であることを認めることができる。当審においての証人藤代秀雄(第二回)、同中野繁晴の各証言と同被控訴会社代表者の訊問の結果(第二回)中上記認定に反する部分はたやすく信用ができないし、外に右認定を動かすことのできる何の証拠もない。そうであるから、被控訴人は控訴人の債務不履行によつて被つた損害額は上記の四十一万円より七万円を控除した金三十四万円であると認めるのが相当である。故に控訴人は被控訴人に対し右金三十四万円より被控訴人が控訴人より受領した金十万円を差引いた金二十四万円を支払う義務があるものである。
被控訴人の本訴請求は、右認定の範囲では正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。故に被控訴人の金三十万円の請求を全部認容した原判決は、右の範囲において、一部のみ相当で、その余は失当であり、又本件控訴も右の範囲において一部のみ理由があることになるから、原判決をその趣旨において変更して、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)